東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)278号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 請求の原因四、1の主張について
(一) 原告は、円形スケールの回転角度をA―D変換する手段を備え、その測定した回転角度をデイジタルに表示するようにした装置が、引用例一四により本件出願前公知であるとした審決の認定は誤りである旨主張するので、まずこの点について検討する。
成立に争いのない甲第一四号証によれば、引用例一四記載の発明は、一スケールの目盛の尺度を追加スケールによつて決定する装置に関するものであり(同引用例第一頁右欄第一七行、第一八行)、同引用例の発明の詳細な説明には、「第9図乃至第12図に示す実施形は特に鈑金工場作業用に配置された定規を持つ角度スケールから成る。該スケールは一次スケール71及それと同心のヴアーニア・スケール72を具えた円形スケールとして構造され、該両スケールは互に関して廻転し、此等スケールの一つは検査ピンを具え且つ他の一つは凹み又は穴を持つ図示の構造に於ては一次スケール71は廻転の観点から見て定置として又ヴアーニア・スケール72は最初に述べたものに関して廻転可能として考える可きである。(中略)図示の構造に於ては一次スケール71は目盛及読取穴79を具え且つヴアーニア・スケール72はそれ等の端に記号を附された検査ピン80を持ち(中略)。検査ピン80はヴアーニア・スケール72中の案内82内に於て該ピンの足装置83及該ヴアーニア・スケールの底側上の蓋板84間に配置されたスプリング81によつて外方に押出される。一次スケールが圧下げられる時該スケールはヴアーニア・スケール72に向つて動かされ、スプリング75は同時に圧縮される。ヴアーニア・スケール72は追跡定規85によつて廻転され且つ一次スケール71が圧下げられた時一ヴアーニア・ピン80は該一次スケール中の一穴を貫通する。各ヴアーニア・ピンは記号を具え、従つて細目盛は直ちに読取されることが出来る。該追跡定規上のインデツクス86は主単位の数を表示する。」(同第三頁左欄第一一行ないし右欄第七行)と記載されていること、引用例一四記載の第9図ないし第12図は別紙図面(四)記載のとおりであることが認められる。
右認定の事実によれば、引用例一四には、一次スケール及びそれと同心に配置されたヴアーニア・スケールを備えた円形スケールとして構成され、両スケールは互いに回転するようになつており、ヴアーニア・スケールは一次スケールに設けられた読取穴の九個のストロークの間を一〇等分した間隔で設けられた検査ピンを有し、ヴアーニア・スケールの検査ピンを一次スケールに押し付けることにより、一次スケールの読取穴に整合した検査ピンがこの読取穴から突出するようにし、各検査ピンの上面に記された数値によつて回転角度の最小桁の値を数字で表すようにしたものが示されているものと認められる。
右のとおり、引用例一四記載のものは、円形スケールの回転角度を測定する装置であり、実際に測定された回転角度(連続した回転角度の一つの数値を取り出したものであつて、アナログ量といえる。)をスケール上の数字と検出ピン上の数字(具体的な数字で示されるものであるからデイジタル量といえる。)で表示するものであつて、ヴアーニア・スケールの検査ピンと一次スケールの読取穴からなるものは、アナログ量をデイジタル量に変換する手段であるということができ、突出した検査ピンの上面に示された数字は回転角度をデイジタルに表示する手段であるということができる。
引用例一四記載のものにおいてアナログ量をデイジタル量に変換する手段は、前記のとおり機械的なものであつて、サンプリング→量子化→符号化という一連の操作過程からなる電子的なA―D変換手段ではないが、同引用例記載のものもA―D変換手段であることに変りはない。ちなみに、本件訂正後の発明におけるA―D変換手段も、その特許請求の範囲から明らかなとおり、電子的なA―D変換手段に限定されるものではない。
また、引用例一四記載の装置においてデイジタルに表示される数値は、前記のとおり、回転角度の最小桁のみであるが、このことは、アナログ量をデイジタル量で表示するという技術的思想が開示されているものと理解することを妨げるものではない。
したがつて、円形スケールの回転角度をA―D変換する手段を備え、その測定した回転角度をデイジタルに表示するようにした装置が引用例一四により本件出願前公知であるとした審決の認定に誤りはなく、原告の前記主張は理由がない。
次に、原告は、引用例一四記載のものは、製図の分野に属する本件訂正後の発明と技術分野を異にする測定の分野に属するものであつて、ある角度を設定するといつた技術的思想を有しないから、同引用例記載のものにより、引用例一及び引用例二記載のものと、引用例三ないし引用例一三記載のものとを結合せしめることはできない旨主張する。
しかしながら、引用例一及び引用例二記載の自在平行定規や本件訂正後の発明に係る自在平行定規により所望の角度を設定できるのは、所望の角度を測定し、読み取ることができるからであつて、自在平行定規がスケールの回転角度を測定する機能をも有していることは技術的に自明であり、測定機能を有するという点では引用例一四記載のものと共通しているということができる。換言すれば、引用例一四記載のものは、引用例一及び引用例二記載の自在平行定規に、引用例三ないし引用例七に記載されている回転角度をA―D変換してデイジタルに表示する技術を結合せしめる適性を有しているということができるから、原告の前記主張は理由がない。
さらに、原告は、引用例三ないし引用例七にはA―D変換したものをデイジタルに表示する手段は記載されていない旨主張する。
しかし、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例三には、円周に沿つて複数の透明直角三角窓7を設けた不透明円盤2を回転させ、右三角窓7を通過する光の量の変化から回転角を検出する軸の位置決定装置において、三角窓7を通過した光の変化からパルスを取り出し、このパルスを順次カウントし、パルスを計数放電管V4に供給して回転角度を表示するようにしたこと、すなわち、不透明円盤2の回転(アナログ量)は三角窓7を透過する光を検出する手段(微分回路X、振幅弁別回路Y1・Y2等)によりパルス(デイジタル量)に連続的に順次変換され、計数放電管V4によりデイジタルに表示した回転角度表示装置(別紙図面(五)参照)が記載されていることが認められるから、原告の右主張は理由がない。
以上のとおりであるから、請求の原因四、1、(一)の主張は理由がない。
(二) 原告は、本件訂正後の発明において、回転角度のデイジタル表示装置を回動部材側に設けたことは適宜なし得ることであるとした審決の認定、判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第一号証及び第二号証によれば、引用例一及び引用例二記載の自在平行定規において回転角度の表示は非回動部材側を主体として行われているが、回動部材側の遊標盤(バーニア・スケール)も表示手段の一部として機能しているものと認められること、回転角度を表示する手段を自在平行定規のヘツド部に設ける場合には回動部材か非回動部材かのいずれかに設けるほかなく、この点は、デイジタル表示手段であろうと、バーニア・スケールを用いた手段であろうと異なるものではないこと、成立に争いのない甲第一六号証によれば、本件訂正後の発明において、表示装置を回動部材側に設けるについて障害となる格別の事情はなく、また、右構成を採用するについて特段の創意工夫はなされていないことが認められることを総合すると、審決の前記認定、判断に誤りはなく、請求の原因四、1、(二)の主張も理由がない。
2 同2の主張について
本件訂正後の発明が、あらかじめ設定する角度をデイジタル表示装置の数値変化を追うことにより、しかも、ヘツド部を移動させ、かつ、スケールを回転させながら、斜め方向からでも視差なく読み取ることにより角度設定ができるという作用効果を奏することは、当事者間に争いがない。
ところで、あらかじめ設定する角度をデイジタル表示装置の数値変化を追うことにより求めることができるという作用効果は、自在平行定規にA―D変換手段とその表示装置を備えることにより当然に予見できるものであつて、格別のものではない。
次に、ヘツド部を移動させながら角度設定ができるという作用効果も、デイジタル表示手段を採用したことにより、角度変化が連続的にデイジタルに表示されることによるものにすぎない。
原告は、右作用効果は、本件訂正後の発明において、単に自在平行定規の角度表示にA―D変換手段を適用しただけでなく、角度表示装置を回動部材側に設けたことによるものである旨主張するが、採用できない。
また、前掲甲第一号証及び第二号証によれば、引用例一及び引用例二記載の自在平行定規もスケールを回転させながら角度設定ができるものであると認められるから、スケールを回転させながら角度設定ができるという作用効果も格別のものとはいえない。
さらに、本件訂正後の発明において、回転角度の表示を斜め方向からでも視差なく読み取ることができるのは、デイジタル表示というものが回転角度などの数値を具体的な数字で表示するものであり、数字で表示されるために視認性がよいというデイジタル表示の属性に基づくものであることは、技術的に自明であつて、自在平行定規にデイジタル表示を適用したことによつて始めてもたらされる作用効果であるということはできない。
そして、これらを一体化した前記作用効果は、本件訂正後の発明がデイジタル表示手段を採用したことにより当然予見できることであつて、本件訂正後の発明に特有のものとはいえない。
したがつて、本件訂正後の発明が奏する作用効果は格別のものではないとした審決の認定、判断に誤りはなく、請求の原因四、2の主張も理由がない。
以上のとおりであるから、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
1 本件訂正前
スケールが所定角度を保持した状態で、図板上を任意の方向に移動自在なヘツド部と、該ヘツド部に回動自在に設けられた回動部材と、該回動部材に連繋するスケールと、該スケールの回転角度をA―D変換する手段とを備え、該スケールの回転角度を、前記ヘツド部上に設けた表示装置にデイジタルに表示するようにしたことを特徴とする自在平行定規。
2 本件訂正後
スケールが所定角度を保持した状態で、図板上を任意の方向に移動自在なヘツド部において、該ヘツド部を構成する非回動部材と、該非回動部材に対して回動自在に設けられ、且つスケールが連繋された回動部材との間に、前記スケールの回動運動に伴つて順次該スケールの回転角度をA―D変換する手段を設け、前記スケールの回転角度をデイジタルに表示するための表示装置を、前記ヘツド部上の前記回動部材側に設けたことを特徴とする自在平行定規。